1972年ミュンヘン五輪女子バレー代表メンバー|直筆サインと奈良の紅白試合資料
1972年ミュンヘン五輪女子バレー代表メンバーと直筆サイン
1972年ミュンヘンオリンピックを目前に控えた全日本女子バレーボールチームが、奈良市中央体育館を訪れた際の資料を紹介します。
手元に残っているのは、1972年6月3日に行われた紅白試合のパンフレットと、選手・監督の直筆サイン色紙です。
日本代表は同年8月から9月に開催されたミュンヘンオリンピックで銀メダルを獲得しました。この資料は、その約3か月前のチームの様子を伝える貴重な記録です。
スポンサーリンク
ミュンヘン五輪女子バレー日本代表の成績
1972年ミュンヘンオリンピックの女子バレーボールで、日本は予選リーグから準決勝まで全試合に勝利しました。
決勝ではソ連と対戦。フルセットの末に2対3で敗れ、銀メダルとなりました。
| 区分 | 試合日 | 対戦相手 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 予選リーグ | 1972年8月28日 | チェコスロバキア | 日本 3-0 チェコスロバキア |
| 予選リーグ | 1972年8月30日 | キューバ | 日本 3-0 キューバ |
| 予選リーグ | 1972年9月1日 | 北朝鮮 | 日本 3-0 北朝鮮 |
| 準決勝 | 1972年9月3日 | 韓国 | 日本 3-0 韓国 |
| 決勝 | 1972年9月7日 | ソ連 | 日本 2-3 ソ連 |
ミュンヘン五輪女子バレー日本代表メンバー
日本バレーボール協会が掲載している、ミュンヘンオリンピック本大会の正式な日本代表メンバーです。
| 区分 | 氏名 | 所属 | ポジション |
|---|---|---|---|
| 監督 | 小島孝治 | ユニチカ | - |
| コーチ | 佐藤忠明 | 四天王寺高校 | - |
| 選手 | 松村勝美 | ユニチカ | セッター |
| 選手 | 山下規子 | ユニチカ | ライト |
| 選手 | 岩原豊子 | ヤシカ | セッター |
| 選手 | 飯田高子 | ヤシカ | センター |
| 選手 | 生沼スミエ | 日立 | セッター |
| 選手 | 古川牧子 | ユニチカ | センター |
| 選手 | 浜恵子 | ヤシカ | レフト |
| 選手 | 島影せい子 | ユニチカ | レフト |
| 選手 | 山崎八重子 | ユニチカ | レシーバー |
| 選手 | 塩川美知子 | ユニチカ | セッター |
| 選手 | 岡本真理子 | 日立 | レフト |
| 選手 | 白井貴子 | 倉紡 | レフト |
1972年6月3日、奈良で開催された紅白試合
手元のパンフレットによると、紅白試合は1972年6月3日に奈良市中央体育館の開館記念として開催されました。
ミュンヘンオリンピックの女子バレーボール競技が始まったのは同年8月27日です。奈良での試合は、本大会のおよそ3か月前に行われたことになります。

パンフレットには、監督・コーチと17名の選手が掲載されています。
ただし、この17名全員がミュンヘンオリンピック本大会へ出場したわけではありません。日本バレーボール協会が掲載する本大会の登録選手は12名です。
そのため、このパンフレットは最終登録前の候補選手を含む、当時の全日本女子チームによる紅白試合資料と考えられます。
奈良の紅白試合パンフレット掲載メンバー
次の身長、所属、生年月日などは、手元にある1972年のパンフレットに記載された内容をもとにしています。
| 番号 | 氏名 | 身長 | 当時の所属 |
|---|---|---|---|
| 1 | 松村勝美 | 173cm | ユニチカ貝塚 |
| 2 | 山下規子 | 172cm | ユニチカ貝塚 |
| 3 | 岩原豊子 | 168cm | ヤシカ |
| 4 | 飯田高子 | 174cm | ヤシカ |
| 5 | 生沼スミエ | 171cm | 日立武蔵 |
| 6 | 古川牧子 | 173cm | ユニチカ貝塚 |
| 7 | 浜恵子 | 172cm | ヤシカ |
| 8 | 島影せい子 | 172cm | ユニチカ貝塚 |
| 9 | 長岡由利子 | 175cm | 日立武蔵 |
| 10 | 山崎八重子 | 161cm | ユニチカ貝塚 |
| 11 | 塩川美知子 | 172cm | ユニチカ貝塚 |
| 12 | 岡本真理子 | 174cm | 日立武蔵 |
| 13 | 白井貴子 | 180cm | 倉紡倉敷 |
| 14 | 加藤きよみ | 180cm | 日立武蔵 |
| 15 | 富田栄子 | 171cm | 東洋紡守口 |
| 16 | 古田敏美 | 180cm | ヤシカ |
| 17 | 長野比佐子 | 182cm | ヤシカ |
スタッフとして、総監督・小山勉、女子チーム監督・小島孝治、コーチ・佐藤忠明、トレーナー・梶尾義昭の名前も掲載されています。
日本代表女子バレーチームの直筆サイン色紙
こちらが保存している直筆サイン色紙です。

色紙の大きさは約27.2cm×24.3cmです。
選手の名前と照らし合わせながら見ると、1972年当時の全日本女子バレーボールチームを身近に感じられます。
サインの判読には誤りが生じる可能性があるため、確認できた名前から順番に写真へ説明を付けていく予定です。

小山勉総監督の名前が横書きで記された色紙も残っています。
1973年の日中女子バレーボール交歓試合
別の色紙には、1973年7月15日に開催された日中女子バレーボール交歓試合奈良大会の直筆サインが残っています。

まとめ
今回紹介したのは、1972年6月3日に奈良市中央体育館で開催された、全日本女子バレーボールチーム紅白試合のパンフレットと直筆サイン色紙です。
パンフレットには17名の選手が掲載されていますが、同年のミュンヘンオリンピック本大会に登録された選手は12名でした。
日本代表は本大会で決勝まで進み、ソ連とのフルセットの末に銀メダルを獲得しています。
五輪直前の代表候補選手やチームの様子を伝える資料として、パンフレットとサイン色紙をこれからも大切に保存したいと思います。
スポンサーリンク
参考資料
・公益財団法人日本バレーボール協会「オリンピック 日本代表メンバー」
・公益財団法人日本バレーボール協会「オリンピック 日本の対戦記録」











ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません